霜月騒動分かりやすく解説




鎌倉時代最後の内輪もめ!!
霜月騒動でございます!!はい!複雑w
さ!と言うことでシンプルにまとめちゃいます!
この霜月騒動!理由はですね!
理由
⇓
- 御家人の北条氏が権力を持ちすぎて将軍を超えた!
- おまけで部下も格上げされ御家人を超えたから!!
将軍の部下の御家人の北条氏はこれまで執権政治!得宗先制政治!で権力を握ってました
つまり北条得宗家が立場を得たら部下の位まで上がったよ!って話!そうなったら納得行かないのは将軍の部下御家人達!!
はい!少しややこしいです!形式的には将軍の家来なのに実質No.1北条氏の得宗家
その部下を「御内人(みうちびと)」と呼びます
この身内人が今回のポイント!
御内人達はなんと将軍の部下!御家人に代わって、次々と要職に就きました幕府の政治に絡んできた
つまり
御家人達は色々いちゃもんつけられ役職を解任されましたそして代わって得宗家の家来の御内人が要職をゲットした!
だから御家人達的にはガチギレでしょーねw
(北条の調子のんなコラ!元々同じ御家人だろーが!)はいこれが心の声!
ってな感じで「得宗」と「御内人(みうちびと)」が政治を独占北条の「得宗専制政治(とくそうせんせいせいじ)」に不満を持ったから!
御家人のリーダーと御内人のリーダーが争う事になった!これが霜月騒動!!
はい!それじゃ行ってらっしゃい!
内管領トップVS御家人トップ
安達泰盛(御家人派)VS平頼綱(北条得宗家派)
御内人のトップ事を(内管領・うちかんれい)と呼びます、
霜月騒動とは御内人のトップ(内管領)の平頼綱(よりつな)と有力御家人、安達泰盛(やすもり)が争った騒動です!
では今回の主役の2人を簡単に説明しよう
内管領の平頼綱
平頼綱は得宗家の雑務!お手伝いさんNo.1御内人で1番偉い内管領!つまり得宗家が強くなると自分も偉くなる!頑張れ得宗家って言う立場の男!
御家人トップ安達泰盛
北条氏以外ではNo.1御家人!北条氏が権力を持って政治がなんかアカン!ちゃんとした将軍のリーダーを作ろうぜ御家人の意見反映!北条氏の権力集中反対の立場の男!
霜月騒動の理由
北条時宗が亡くなりバランスが崩れる
時宗のおかげで保たれていた絶妙な関係はおしまい!!
こうして
御家人のトップ!・安達泰盛と御内人で内管領の平頼綱がお互いの利益の為に戦ったバトルになる
ちなみにこの時代背景は元寇の後!日本を当時の世界最強のモンゴルから救った北条時宗!が亡くなった、
時宗がいなくなり幕府内の権力バランスが崩れた
理由が面白い!!
北条時宗を継いだのがまだ10代の若さの北条貞時(さだとき)まだ若い執権のサポートに御家人の安達泰盛!
安達は考えた!俺がサポートして!
今度は御家人達の意見が通る政治を作ろう!北条氏集中の政治を阻止しようぜ!ぐへへ
安達泰盛はそう考えた
だけど、
北条得宗家のおかげ恩恵をウケてる人達からしたらウザすぎる!何してくれてんねん!
ってな感じで猛反発!!それが平頼綱(よりつな)頼綱は代々北条の嫡流に仕える一族!そのトップ!内管領!もちろん北条氏の権力を防ごう勢力は最大の敵!
という事でまずは平頼綱は安達泰盛を消す為に大義名分を作り!
だから平頼綱は北条貞時にウソをついた!安達の息子が自分の先祖は源頼朝の息子と勝手に源氏名を使ってる!
「ん?謀反の恐れ有り!」
これを信用した若き執権の貞時!
「よし!これは安達泰盛とのバトルしかない!」
こうして安達と戦う口実をゲット!1285年11月17日霜月騒動開始!
アニメ霜月騒動開始
平頼綱はやる気満々
やる気満々で用意周到な平頼綱は安達泰盛を襲う気満々!
安達泰盛はもうびっくり!!あのヤロー何しやがんだ!的な状態でした
安達はすぐに平頼綱の仕業と分かるも時既に遅し!!
反撃に出るも大敗北!!
ちなみ北条貞時も「こんなにやる?www」
って感じでびびってました!最後は一族皆で自害したとも言われる
まあ、中途半端にやると仕返しも怖いですからね!この時代は…
という事で全国で安達泰盛派vs平頼綱派のバトルが始まる
このバトルももちろん用意周到の平頼綱の勝利邪魔者は徹底排除した!
こうして北条得宗家の邪魔者が排除される事により北条氏による得宗先制政治のスタートである
得宗先制政治
- 得宗→北条嫡流
- 先制政治→独裁政治
これが鎌倉幕府を収めた北条氏のやり方である!!
しかし平頼綱こえーなw
って声がつのり平頼綱も最後は…
…
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⚫24霜月騒動